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雑記です。日常のこと、読書、子育て、考えたこと。

3月27日 オセロ

6歳の娘とオセロをした。今日は何とか勝利を収めたが、娘も段々強くなってきた。油断すると負けるほどだ。別に私はオセロが強いわけではないが、娘に必勝法を伝授している。オセロは四隅を取ったほうが有利なのは誰でも知っている。だから四隅を取るためにはどうすれば良いのかを考えればいい。それには四隅に隣接するマスを先に相手に取らせなければならない。ということは、その四隅に隣接するマスのさらに「隣」のマスを先に取ったほうがいいだろう。これは四隅に限らず、端の列にも同じことが言える。外側の四辺の列も取ったほうが有利だろうから、その内側の列は相手に取らせたほうがいい。すなわち自分は端から3列目を先に取るべきだ。という、素人考えの必勝法を伝授したら、オセロが非常につまらないものになった。順番に規則的に打っていくためキレイに石が正方形に埋まっていく。なんだかゲームというか、パズルのようだ。

オセロや将棋などは頭を使う遊びなので、特に子供のうちに親しんでおくことは非常に脳の発達にとっていいだろう。だから本来子供が楽しんでいればそれでいいはずなのだが、ついつい口を出してしまう。「そこは打ったらダメだろう」「もっと先を読めよ」などと言いたくなる。おそらく今の時点で、私の娘はが子供同士でオセロをするなら、かなり強い方だと思う。しかしそれもどうだろう。今ならネットでオセロ必勝法を調べるのも簡単だ。ただそれを娘に教え、オセロが強くなったとして、本当に娘のためになるのかは甚だあやしい。これでは考える力はつかないかもしれない。理想は自分で考えて攻略法を見つけることだ。むしろ考える過程のほうが重要だろう。これは子供の話だけでなく、大人にとっても同じだ。今やなんでもネットですぐ調べることができる。考える必要もない。そこにはやはり弊害もあると思われる。自分の頭で考えるという、ごく当たり前のように思えることを、現代の大人たちは拒否していると言えるかもしれない。確かにネットですぐに答えを見つけられるということは、大幅に時間が短縮出来、非常に効率的だ。オセロでいえば、先に必勝法を学んで強くなる方が良いのか、自分でいろいろ考えたけれども、結局攻略法が見つけられず一生弱いままでいる方が良いのかと考えれば、おそらく前者のほうが賢いだろう。ただそんな単純なことでもないような気もする。一見無駄に思えるようなことでも、子供たちにとっては重要なこともあるかもしれない。親としては何かと口出したくなるが、ぐっとガマンすることも必要だ。たぶん勉強についても同じことが言えると思う。目先のテストの点数を気にして、あれこれ言いたくなるだろうが、もっと大きな視点で考える必要がありそうだ。とはいえ、これが最も難しい。私の人生、目先にとらわれてばかりだ。細かいことを気にするより、ドンと構えている親の姿勢のほうが子供に良い影響を与えるような気がする。オセロも奥が深いゲームではあるけれども、たかがゲーム。みんなで楽しい時間を過ごせることがなによりだ。