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雑記です。日常のこと、読書、子育て、考えたこと。

4月3日 娘が初めて自転車に乗れた日

小学一年生になる娘が、今日初めて自転車に乗れた。昨夏に自転車を購入したのだが、すぐ背が伸びるだろうと、大きめのものを買ってしまった。その時はつま先がかろうじて届く位だったので、またがって立つのが精一杯、補助輪なしではとても乗れそうもなかった。それから半年たって、娘の背も伸び、なんとか足がつくようになった。しかしそう簡単には自転車に乗れるようにはならない。昨日も妻と練習したのだが、まだまだとのことだった。ところが今日私と練習に行ったところ、なんともあっけなく乗れるようになったのだ。はじめはフラフラしながらなんとか漕いでいたのだが、みるみるうちにしっかり漕げるようになってきた。不安げだった表情も自信に満ちたものに変化してきた。それにしても子供の上達の早さには驚かされる。ついこの前まで出来なかったことが、知らないうちに出来るようになっている。私の娘は初めから何でもこなせる子ではない。しかしけん玉や竹馬、鉄棒も他の子と比べて上達は遅いほうだったが、最終的にはすべて出来るようになった。コツコツと繰り返し練習することによって、会得していったのだ。これは親としては嬉しいことである。努力しないで出来てしまうよりも、初めは出来なかったことも努力次第では出来るようになるということを知ることは大人になって非常に重要になってくるだろう。などと私も偉そうに言ってられない。父親のの私が彼女から学ぶことは多い。子供が必死に何かに取り組んでいるのを見ていて感じることは、子供というのは単純にそれが出来るようになりたいだけなのだろうと思う。友達がやっていることを私もしてみたいという心だけがあって、おそらくそれ以外のことは考えていない。しかし大人になるにつれて、色々なことを考えるようになる。おそらく僕には無理だろうとか、一生懸命やるのはカッコ悪いとか理由を付けて、気持ちが真っ直ぐ対象に向かわなくなるのではないか。だがそう考えるならば、たとえ歳をとったとしても、余計な気持ちを取っ払ってしまえば、可能性はまだまだあるのではないだろうか。私が初めて自転車に乗れた日は全く思い出せない。しかし、かつてそんな日があったのだ。無我夢中で目の前のことに挑んでいたに違いない。娘が自転車に乗れた今日は彼女にとっての記念日だ。そして私にとっても、何をするにも一生懸命だった子供の頃の気持ちを思い出すことが出来た大切な日になった。

4月2日 金魚の転覆病

ある本に「金魚が死ぬ原因のほとんどはエサのやり過ぎ」と書かれていた。我が家では3匹の金魚を飼っている。お祭りでもらってきたもので、当初は5匹ほどいたが、間もなく数匹が死んで、現在は3匹いる。内二匹は赤い金魚で元気に泳いでいるのだが、もう一匹の出目金の様子が数か月前から様子がおかしい。ある日お腹を上に向けて、ひっくり返った状態でプカプカ浮かんでいたのだ。てっきりもう死んでしまったのだと思ったのだが、まだ息はしているので死んではいないようだ。しばらくすると何事もなかったかのように泳ぎだしたので、ほっとしていたのだが、また仰向けで浮かんでいた。どうしたのだろうと調べてみると、どうやら「転覆病」という金魚にはありがちな病気らしい。ただ病気といってもはっきりと解明されていないようで、原因もいくつかの可能性が考えられるようだ。エサの与えすぎであったり、お腹にガスが溜まるからだとも考えられるらしいのだが、見たところはひっくり返っているだけで、外見上特に変化がみられるわけではない。我が家ではとりあえずエサの量を減らし、他の2匹と隔離することにした。その後の何度かお腹を上にして動かなくなっていることがあり、さすがに死んでしまったのだと諦めそうになったのだが、また元気になったりと、よくわからない。素人考えでは、出目金はもともとお腹が膨れているので、そこに空気が溜まって浮き輪の役目となり転覆するのではないかと思う。他の2匹はスリムな体形しているので空気など溜まりようがない。お腹が膨れている魚というとフグを思い浮かべる。フグは出目金以上に空気が溜まりそうだ。しかしフグが海面に浮かんでいたというのは聞いたことがないし、そもそも相手を威嚇するためにお腹を膨らますそうで膨張、収縮が自在である。出目金の場合とは違うようだ。

出目金がひっくり返って浮かんでいると苦しそうにも見える。でももしかすると楽だからという理由で、わざとひっくり返っているのかもしれない。人間を驚かそうとして楽しんでいるのかもしれない。そうだったらいいのだが。

もし病気で苦しいのなら、出目金ちゃん、早く元気になあれ。

4月1日 新年度スタート

4月1日、新年度のスタートだ。とは言っても、近年は新年度など意識するようなことはなくなった。私の職場では年度が替わっても特に何か変化があるわけではない。正月でさえも休みなしで、暮れから忙しくしているので、区切りをほとんど感じないのだ。そんな私だが、今年は少しだけ新年度を意識している。一つは娘が小学校入学を控えていること、もう一つがこうしてブログで日記を綴っていることだ。出来るだけ毎日書くことを目標としているので、暦においての節目の日などは格好のネタとして押さえておきたいところである。これは日記の効用と言えるのではないか。これまで意識していなかったことが、日記を付けだしたことによって、何かしら考えるようになった。そして連続する日々の暮らしの中で、時には区切りをつけて振り返ったり気持ちを新たにすることは悪いことではないだろう。この新年度は私にとって久々に新鮮な気分で迎えることが出来る機会となった。かつて学生時代は進学や進級、それに伴うクラス替えによって、新しい出会いがあり、4月というのは少しドキドキして浮かれた気分で迎えていたものだ。新年度になったからといって何も変わらないかもしれない。しかし気持ちの持ちようで、いくらでも変化が起こるのかもしれない。新年度は新入生になったつもりでスタートしてみよう。謙虚な気持ちを取り戻し(もともと持っていなかったが)、新しいことにも挑戦してみよう。今日からまた1年生だ。

3月31日 プレミアムフライデー

今日3月31日は2回目となるプレミアムフライデーだそうだ。月末最後の金曜日は早め仕事を切り上げ、お金を使いましょう、ということらしいのだが、週末も仕事の私にとってはそうもいかない。今日は年度末で特に忙しいということもあって、それどころではないという人が多いようだ。何かと批判されるこのプレミアムフライデーだが、私はこの試みはとてもいいと思う。一番の目的は消費喚起のようだ。しかし、たとえ自分は仕事が忙しくとも、世間の流れが働き方を見直すという方向に進むであれば、それに越したことはない。どう働くかということについて、社会全体で見直されようとしている今、それに沿った形での取り組みについては、たとえ結果がでなくとも労働者にとっては有益だろう。私からしてみればまったくもって有難い。しかし結局のところ、働くしかないというのが悲しいようだが現実だ。でもそれでいいのではないか。忙しいのであれば、仕事にありつけて嬉しいことだ。仕事がなければ自分の時間が持てて幸せだ。毎日いろいろ慌ただしいが、それだけ充実しているのだろう。しかし、それにしても明日も忙しい。

 

3月30日 一年で最も忙しい日

今年もついにこの日が来てしまった。

私が勤める会社は年度末が最も忙しい。

例年3月30、31日は地獄のような仕事量で、一年中この日のことを考えると

憂鬱になる。今日明日がまさにその日なのだ。

しかし悪いことばかりではない。

仕事量がいつもの数倍に増えるため、いつも通りの仕事の進め方では

到底片付かない。

追い込まれると思わぬアイデアが出てくるものだ。

普段惰性で行っている無駄な作業をバッサリとカットできる可能性もあるし、

また今年一年、自分に進歩があったのかどうかを確認できるいい機会でもある。

はたしてこの一年私は少しでも成長したのだろうか。

などと、悠長なことを言っている余裕はない。

明日も忙しい。振り返るのは明日を乗り切ってからにしよう。

明日に備えて早く寝なければ。

 

 

3月29日 保育園、今日でお別れ。

今日は上の娘の保育園最後の登園日だった。2歳から4年間お世話になったことになる。先生方に挨拶をするために夫婦でお迎えに行った。入園当初は泣いてばかりだった娘が今ではすっかりたくましくなった。ひとえに先生方のおかげだ。4年という月日で子供はこれほど成長するものか、とつくづく思う。それにくらべて私はまったく成長しなかった。今日も妻が先生と話している間、横で突っ立っていただけだ。上の娘は保育園とお別れだが、まだ下の娘はお世話になる。あと4年。二人合わせると8年も保育園でお世話になるのだ。親からすると保育園の折り返し地点だ。これまでは先生方に迷惑をかけっぱなしだったが、残りの半分は恩返しというか、何か少しでもお役に立てないか、という気持ちがある。ただ親としてすべきことは、自分の子供にしっかりと向き合うことだけかもしれない。そして子供たちや親である私たちを見守って下さる皆さんに感謝の気持ちを忘れないことだろう。

3月28日 「拉麺 七星」に行ってきた。

以前から気になっていたラーメン屋「拉麺 七星」に行ってきた。まず「七星」という店名が秀逸だ。三ツ星でもなかなか取れるものではないが、この店はさらに4つも星が上積みされている。おそらく至高のラーメン、究極の一杯が食べられるに違いない。店頭には素朴な手書きのメニューが貼られているだけだが、中に入るとオシャレで意表をつかれた。木目調の落ち着いたカウンター、静かに流れるジャズピアノのBGM。ラーメン鉢も木製のトレイもすべてが上品だ。通常ラーメン店は2種類のタイプに分けられる。気軽に入れる大衆店と、ラーメン通を相手にしたこだわりのラーメン店だ。私はどちらも好きだが、「七星」は完全に後者。元気の良い若い店主が出してくれたラーメンはまず見た目が美しい。薄くスライスされたチャーシューにとろけそうな半熟卵、シナチクと青味が丁寧に盛り付けられ視覚だけで美味しいと判断してしまった。スープをすすると、店の雰囲気にピッタリの上品な味わいだ。まったりとした豚骨醤油で麺にいく前に飲み切ってしまいそうだ。太麺はモチモチしている。店奥に製麺機のようなものが見えた。店内で打った自家製麺だろうか。うどん屋やそば屋では見かけるがラーメン屋では珍しい。こだわりぬいたラーメンを一瞬で完食してしまった。もっと味わうべきだった。店主が一人で切り盛りしているようで、忙しそうだった。ラーメンを作り、運び、下げモノをしなければならない。結構至難の業だ。思わず自分が食べた鉢や、他のお客のものも片づけようという気になったがやめておいた。いい迷惑だろう。しかしこれだけおいしいラーメンならやがて繁盛店になるだろう。店主さんはさらに大忙しだが、頑張ってもらいたい。そう思えるようなラーメンだったし、店主さんの働きぶりだった。美味しかったです。ごちそうさまでした。また行きます。